大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成4年(行ケ)71号 判決 1995年9月21日

大阪市北区中之島3丁目2番4号

原告

鐘淵化学工業株式会社

同代表者代表取締役

舘糾

同訴訟代理人弁理士

萩野平

添田全一

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

清川佑二

同指定代理人

脇村善一

吉野日出夫

市川信郷

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成3年審判第417号事件について平成4年1月30日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年6月19日名称を「メタリック仕上げ塗装物」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和56年特許願第95672号)をしたところ、平成元年4月7日出願公告(平成1年特許出願公告第18864号)されたが、同年6月9日三洋化成工業株式会社から特許異議の申立てがあり、平成2年10月1日異議の申立ては理由があるとの決定とともに拒絶査定を受けたので、平成3年1月10日査定不服の審判を請求し、平成3年審判第417号事件として審理された結果、平成4年1月30日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年3月2日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨

基材表面にメタリック粉末及び要すれば着色顔料を含有する塗料を塗装し、ついで該塗装面に、主鎖が実質的にビニル系重合体から成り、末端あるいは側鎖に加水分解基と結合した珪素原子を1分子中に少なくとも1個有するシリル基含有ビニル型重合体又は共重合体を主成分とする塗料を塗布し硬化してなることを特徴とするメタリック仕上げ塗装物

(2)  特許請求の範囲第7項記載の発明(以下「本願第2発明」という。)の要旨

基材表面にメタリック粉末及び要すれば着色顔料を含有する塗料を塗装し、ついで該塗装面に、(A)主鎖が実質的にビニル系重合体から成り、末端あるいは側鎖に加水分解基と結合した珪素原子を1分子中に少なくとも1個有するシリル基含有ビニル型重合体又は共重合体、(B)硬化触媒及び要すれば(C)溶剤を含む塗料を塗装し硬化してなることを特徴とするメタリック仕上げ塗装物

3  審決の理由の要点

(1)  本願第1発明、本願第2発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)<1>  本出願前に日本国内に頒布さた刊行物である昭和54年特許出願公開第123192号公報(以下「引用例1」という。)には、ハロゲン、アルコキシ、アシロキシ、アミノキシ等の基と結合した珪素原子をもつシリル基を分子中に少なくとも1つ以上有するビニル樹脂からなる塗料(特許請求の範囲第7項)が記載されており、該塗料が速やかに硬化し、表面光沢の優れた塗膜を与えること(4頁右下欄1行ないし4行)、及び、自動車等の被覆組成物として有用であること(同欄13行)も記載されている。

また、本出願前に日本国内に頒布さた刊行物である米国特許第4,146,585号明細書(以下「引用例2」という。)には、塩化ビニル系共重合体に加水分解性シランをグラフトしたポリマーを製造すること(クレーム1)及び、該ポリマーを含む塗料が光沢と耐候性に優れていること(例9)が記載されている。

さらに、本出願前に日本国内に頒布さた刊行物である昭和49年特許出願公開第33926号公報(以下「引用例3」という。)には、エチレン性不飽和基、一価の炭化水素基及び加水分解可能な基と珪素が結合した有機シランの単独重合体又は他のビニル系単量体との共重合体を含有する被覆組成物(特許請求の範囲)が記載されており、該被覆組成物が透明性の良い被膜を形成すること(1頁右下欄1行ないし4行)も記載されている。

<2>  一方、基材表面にメタリック粉末及び要すれば着色顔料を含有する塗料を塗装し、ついで該塗装面に、クリヤー塗料(トップコート)を塗布し、硬化してなるメタリック仕上げ塗装物は、本出願前当業者間に周知であり、クリヤー塗料(トップコート)としては、耐候性等の優れた塗膜を与える必要のあることも本出願前よく知られている(例えば、昭和54年特許公開第73835号公報参照)。かかる周知事実は、本願明細書4頁6行ないし5頁10行にも記載されている。

<3>  ところで、引用例1に記載のハロゲン、アルコキシ、アシロキシ、アミノキシ等の基と結合した珪素原子をもつシリル基を分子中に少なくとも1つ以上有するビニル樹脂からなる塗料、引用例2に記載の塩化ビニル系共重合体に加水分解性シランをグラフトしたポリマーを含む塗料、及び引用例3に記載のエチレン性不飽和基、一価の炭化水素基及び加水分解可能な基と珪素が結合した有機シランの単独重合体又は他のビニル系単量体との共重合体を含有する被覆組成物は、いずれも主鎖が実質的にビニル系重合体から成り、末端あるいは側鎖に加水分解性基と結合した珪素原子を1分子中に少なくとも1個有するシリル基含有ビニル型重合体又は共重合体を主成分とする塗料の範疇に入るものであり、前記のとおり、自動車等の被覆組成物として有用であり、速やかに硬化し、表面光沢耐候性及び透明性に優れた塗膜を形成するという、メタリック仕上げ塗装物用のクリヤー塗料(トップコート)としての性質を有するものであることが各引用例に記載されている。

<4>  してみれば、前記周知のメタリック塗装物においてクリヤー塗料(トップコート)として、引用例1ないし3に記載された、主鎖が実質的にビニル系重合体から成り、末端あるいは側鎖に加水分解性基と結合した珪素原子を1分子中に少なくとも1個有するシリル基含有ビニル型重合体又は共重合体を主成分とする塗料を用いることにより、本願第1発明を構成することは、当業者が容易に想到し得たことと認められる。

<5>  審判請求人(原告)は、本願発明が予測し難い作用効果を奏することは実施例1ないし4及び比較例1ないし8の記載から明らかである旨主張する。しかしながら、前記のとおり、クリヤー塗料(トップコート)を塗布し、硬化してなるメタリック仕上げ塗装物は、本出願前、当業者間に周知の事実である以上、ノンメタリックベースにトップコートを塗布した例である比較例3ないし8は、本願発明の作用効果の顕著性を立証する資料たり得ない。また、比較例1、2には、実施例1ないし4と比較して劣った結果が示されているが、これらの例からのみでは、本願発明が予測し難い顕著な作用効果を奏したものとは認めることができない。

<6>  したがって、本願第1発明は、前記引用例1ないし3及び前記周知事実から当業者が容易に発明することができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。

<7>  以上のとおり、本願第1発明が特許を受けることができないものであるから、本願第2発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

4  審決の取消事由

(1)  審決の認定判断のうち、(1)は認める。(2)<1><2>は認める、<3>のうち、引用例2に審決認定のような塗料が記載されていること、また、各引用例に自動車等の被覆組成物として有用であり、速やかに硬化し、表面光沢耐候性及び透明性に優れた塗膜を形成するという、メタリック仕上げ塗装用のクリヤー塗料(トップコート)としての性質を有するものが記載されていることは否認し、その余は認める。<4>ないし<7>は否認ないし争う。

(2)  審決は、引用例1ないし3の記載内容を誤認して、周知のメタリック塗装物においてクリヤー塗料として引用例1ないし3に記載された塗料を用いることにより本願第1発明を構成することは当業者が容易に想到し得たとし、また、本願発明の作用効果を看過して、これにつき予測し難い顕著な作用効果を奏するものではないとし、その結果、本願第1発明は当業者が容易に発明をすることができたとしたが、これは、その認定判断を誤ったものであって、審決は、違法であるから取り消されるべきである。

(3)  構成の容易推考性の判断の誤り

引用例1ないし3には、その塗料が周知のメタリック塗装物のクリヤー塗料に適する性質を有するものであることが示されていないし、それを示唆するところもないから、これをクリヤー塗料としてメタリック塗装物に適用することは、容易に考え得たものではない。

<1> 本願発明は、2コート1ベーク(メタリック塗料を1度塗り、その上にクリヤー塗料を塗り、乾燥させる)形のメタリック塗装に関するもので、特にそのクリヤー塗料(トップコート)に関するものである。

メタリック塗料は、その中に分散された顔料を有するだけの一般の塗料に比べると、塗料中に非常に大きなアルミニウムのりん片を含んでいるので、相として不均一である等のため、塗膜の色相や明暗の度合いが塗装条件により影響されたり、乾燥塗膜内でアルミニウム粒子の配列に片寄りを生ずる等により、むら、光沢不良等を起こし易い。

特に、2コート1ベーク形の場合、メタリック塗料を塗り、しばらく放置の後、クリヤー塗料を塗り、1回の焼付けで仕上げると、上塗りの溶剤が下層のメタリック層に浸透し、アルミニウムの配列が崩れることがある等により、メタリック模様不良、光沢不良等が起きることがある等の問題がある。

<2> 本願発明では、メタリック塗料としては特に限定せず、従来のものを使用し得るもので、クリヤー塗料(トップコート)の方に特徴を有するものである。

このクリヤー塗料としては、上塗り塗膜の性質上、耐候性、光沢性の他に、下のメタリック塗膜のメタリック粉末の光輝が見えるように透明性が高い等の性質を有していなければならない。全体として、「肉持ち感」とか「仕上り感」が良くなければならない。

従来、クリヤー塗料としては、変性アクリルラッカーや、ポリウレタン樹脂等が使用されてきたが、これらは耐候性等の点で不満足なものであった。本願発明は、この欠点を解消するため、クリヤー塗料として主鎖が実質的にビニル系重合体から成り、末端あるいは側鎖に加水分解基と結合した珪素原子を1分子中に少なくとも1個有するシリル基含有ビニル型重合体又は共重合体を主成分とする塗料(以下「本願塗料」という。)を使用することにより、耐候性等がよく、表面光沢度が高い等の肉持ち感の良いメタリック仕上げ塗装物を得ることができた。

<3> これに対し、引用例1ないし3には、それらに示される塗料が前記クリヤー塗料としての性質を有するものであること、あるいはクリヤー塗料となり得るものであることを示唆する記載がない。

審決は、各引用例に、自動車等の被覆組成物として有用であり、速やかに硬化し、表面光沢耐候性及び透明性に優れた塗膜を形成するという、メタリック仕上げ塗装物用のクリヤー塗料としての性質を有するものであることが記載されていると認定しているが、かかる認定は誤りである。

審決は、メタリック塗装特有の問題について何ら考慮することなく、単に耐候性のある、あるいは光沢がある塗料として引用例1ないし3の塗料が公知であるから、これをメタリック塗装のクリヤー塗料として用いることは容易であるとしただけである。審決は、各引用例に断片的に記載してあることにつき、都合の良いところをまとめたに過ぎない。

引用例1記載の樹脂は、本願発明で用いるシリル基含有ビニル系樹脂と同種のものであり、塗料として有用であり、常温で速やかに硬化し、表面光沢の優れた被膜を与え、自動車等の被覆組成物としても有用なものであるが、塗料といっても種々の塗布段階で用いるものがあり、自動車用塗料といっても下塗り、中塗り、上塗り等の別があり、1コートメタリックの場合もあるから、上記記載があるからといって、2コートメタリックのクリヤー塗料として使用されることが示されている、あるいは示唆されているということはできない。特に、クリヤー塗料として使用するには、透明性が高い等の肉持ち感、仕上り感の良い塗膜であることが必要であるが、この性質について、引用例1には全く記載がないし、示唆するところもない。

引用例2には、本願塗料と同種の樹脂が記載され、かつ、その樹脂を含む塗料が記載されてはいるもののその樹脂は無機酸化物を含有する樹脂被膜を形成させるために、無機酸化物顔料の分散剤として使用されているものであり、塗料の主成分である樹脂に対して極く少量使用されているものであって、その樹脂からなる塗料が示されているわけではない。このため、その樹脂を主成分とするクリヤー塗料が示唆されることは全くない。

引用例3記載の着色被覆組成物は、ガラス、金属のような表面活性な素材に直接被覆し、透明性の良い着色被膜を形成させるもので、透明ではあるが、仮に自動車に用いるならば、金属板に直接適用することになるものである。このため、この被覆組成物は、上塗り膜が2層であるメタリック仕上げ塗装物のクリヤー塗料として用いる可能性は、全く考えられないものである。

<4> 以上のとおり、審決が、本願第1発明を構成することは、当業者が容易に想到し得たと判断したことは誤りである。

(4)  顕著な作用効果の看過

審決は、比較例3ないし8は、本願発明の作用効果の顕著性を立証する資料たり得ない、また、比較例1、2には、実施例1ないし4と比較して劣った結果が示されているが、これらの例からのみでは、本願発明が予測し難い顕著な作用効果を奏したものとは認めることができないとしたが、これは、本願発明の顕著な作用効果を看過したもので、誤りである。

<1> 本願発明のメタリック仕上げ塗装物は、表面光沢度が高く、耐候性が良く、肉持ち感、仕上り感が良い等の効果を有するが、その最も特徴とするところは、肉持ち感、仕上り感が良いところである。

肉持ち感とは、塗膜の外観についての目視による総合的な評価であり、主として表面光沢度及び色差によりその良否が左右される。表面光沢度とは、光の反射率のことである。色差とは、例えばメタリック塗料のようなアンダーコートの色調と、その上にクリヤー塗料(トップコート)を塗布した後の色調の差を示すものである。色差が大きいことは、クリヤー塗料を塗ることにより色調が大きく変わることであって、塗装の管理が難しい(予定した色を得にくい)ので、色差は小さい程良い。表面光沢度が大きく色差が小さい程、塗膜の総合評価である肉持ち感は向上することになる。

<2> 本願塗料をメタリックベースのトップコートに使用した実施例1ないし4は、表面光沢度はトップコートに従来のものを使用した比較例1と同じであるが、比較例1に比して耐候性が良く、色差が小さい。実施例1ないし4を比較例2と対比すれば、このことは一層はっきりする。(別表1参照)

比較例7、8は、比較例1、2に対応するものであって、ノンメタリックベースのトップコートとして従来のものを使用したものであるが、これによると、メタリックベースの場合には、ノンメタリックベースの場合に比べて色差が大きくなることが認められる。(別表2参照)

ノンメタリックベースのトップコートにおいて本願塗料を使用した比較例3ないし6を比較例7、8と対比すると、ノンメタリックベースの場合には、トップコートの種類によって色差が変わらないということができる。

そうすると、ベースがメタリックの場合には、トップコートに従来のアクリルウレタン系やアクリルラッカー系を用いると色差が大きくなる欠点を生ずるが、トップコートに本願塗料を使用したときにはその欠点を生じないことがわかるから、トップコートに本願塗料を使用したことによる作用効果は顕著なものであることは明らかである。

上記実施例と比較例とでは、作用効果に顕著な差異があることは、甲第15号証ないし第21号証(写真)からも明らかである。甲第15号証は、実施例1ないし3及び比較例1、2の塗装物をトップコート塗布前のものと並べて撮影したもので色差の違いが良くわかり、甲第16号証は、比較例3ないし5及び比較例7、8の塗装物を並べて撮影したものであって、メタリックベースでない場合は両者の間に色差が生じないことがわかり、甲第17ないし21号証は、比較を容易にするため、実施例1ないし3及び比較例1、2の塗装物の各1種のみをトップコート塗布前のものと並べて撮影したものである。

メタリックベースの場合、実施例1ないし4に比して、比較例1、2の色差が大きいことは、クリヤー塗料塗布後に色違いが大きく生じて、メタリックベースで所定の色をだしても最終の色がそれと大きく変わってしまい、所望の色が得られないことになり、しかもメタリック塗装物ではその変動が塗装条件で一定していないから、最終の色から逆算してメタリックベースの色を選定すれば良いとの関係にないので、塗装管理が極めて困難であり、塗装した自動車が注文の色と違うという事態を起こすという問題がある。

<3> 被告は、比較例1、2の耐候性に関するデータは甲第10号証(「塗装の事典」)からみて悪すぎると主張するが、比較例の方がより厳しい条件での測定の結果であって、その批判は当たらない。また、同号証の図8.1の色差についての記載は、塗膜の経年変化についてのものであり、クリヤー塗料の上塗りの場合に当てはまるものではない。

被告は、本願発明の作用効果は、従来のメタリック仕上げ塗装物のそれと対比すべきであり、比較例3ないし8のノンメタリックベースのものとは対比すべきでないと主張するが、これはメタリックベース特有の問題を全く理解していないことによる主張である。

また、比較例1、2と対比した実施例1ないし4の作用効果を予期できるものであるとしたのは、肉持ち感及び色差という2コート1ベーク形に特有の問題を評価していないことによるものである。

なお、被告は、肉持ち感は重要な評価項目ではないと主張するが、甲第10号証(「塗装の事典」)、乙第3号証(昭和49年特許出願公開第18127号公報)からも、仕上り外観が必要な性能であることは明らかである。

<4> メタリック塗装が、その美的性質を重視する故に使用されていることは、甲第11号証(「塗装と塗料」)、第14号証(「塗装技術」)からも明らかである。

この美的性質に関しては、甲第27号証(「塗料の研究」)に仕上り性が重要視されていると記載されているように、重要な作用効果であり、同号証には、上塗り塗膜の評価項目としてPGD値(塗膜表面に写った文字パターンの鮮映性を数値で表すもの)、M値(同様に平行線パターンを用いて鮮映性を数値で表すもの)、肉持ち感が挙げられている。これらのPGD値、M値及び他の測定方法であるICM値(塗膜表面に写った櫛の写像の鮮映性を数値で表すもの)は、肉持ち感と密接な関係を有している。

なお、原告は、甲第26号証(「実験成績証明書」)により、実施例1ないし3及び比較例1、2に対して、PGD値、ICM値の測定を行い、仕上り感の優劣の数値的評価を示したが、これによっても、本願発明が優れた作用効果を有するものであることが確認される。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2(1)  構成の容易推考性の判断の誤りについて

本願発明は、いわゆる2コート1ベーク形の塗装方法を構成要件とするメタリック仕上げ塗装物であることは認める。

このような2コート1ベーク形のメタリック塗装方法は、本出願前周知である(乙第1ないし第3号証)から、その塗装方法によって生成したメタリック仕上げ塗装物も当然に周知であるといい得る。

そうすると、本願発明は、メタリック仕上げ塗装物において、クリヤー塗料(トップコート)の選択と2コート1ベーク形の塗装方法との組合せを構成要件としているものの、クリヤー塗料の選択以外に格別の特徴があるものと解することはできない。

<1> まず、メタリック塗装物のクリヤー塗料に適する性質についてみるに、一般に上塗り塗膜の性質上、耐候性、光沢性の他に、下のメタリック塗膜のメタリック粉末の光輝が見えるように透明性が高い等の性質を有することが必要であることは、普通に知られていることである。

<2> 引用例1の記載をみると、引用例1記載の樹脂は、塗料として要望されている密着性、無公害、省資源及び常温硬化性等の諸性質を有するものであり、塗布したときは表面光沢の非常に優れた塗膜となることが示されているし、その用途として自動車等の被覆組成物に有用であることも示されている。ここでいう「被覆」とは、おおいかぶせることを意味するから、被覆組成物には、通常塗料と呼称されるものはもとより、物体を覆うことのできる広範囲の物質を包含する意味に使用される。したがって、自動車等の被覆組成物に有用であるとの記述は、自動車の上塗り塗料として使用することを含むことは明らかである。

引用例1には、引用例1記載の樹脂を自動車等の表面に被覆した場合、表面光沢の優れた塗膜を形成する塗料であることが教示されているし、その樹脂が自動車等の表面塗膜となるということは、その表面塗膜の性質上、外気に曝されたときの塗膜のはがれ、われ等が生起しない等の少なくともある種の耐候性をも当然に具備しているものと推認できる。

したがって、引用例1には、引用例1記載の樹脂が一般に塗料として要求される優れた諸性質を有すること、及びメタリック仕上げ塗装物のクリヤー塗料として求められる性質のうち表面光沢性が優れていることについて記載されていると認められる。

<3> 引用例2には、引用例2記載の樹脂を含む塗料が、その分散剤のみを変更した従来技術との対比において優れた耐候性と光沢性を有することが明らかにされているから、引用例2の樹脂は、メタリック仕上げ塗装物のクリヤー塗料として求められる性質のうち、耐候性と光沢性を有することが記載されているといえる。

原告は、引用例2では、シリル基含有樹脂は分散剤として使用されているのであり、その塗料の性質を左右するようなものではないと主張するが、引用例2のⅦ表、Ⅷ表によると、シリル基含有樹脂を配合した樹脂組成物は、市販の有機シリコン化合物を配合したものに比べて、耐候性及び光沢性に優れた効果を有することが示されている。したがって、シリル基含有樹脂が顔料の分散剤として配合されているにしても、塗料中で耐候性及び光沢性の向上に寄与していることが理解できる。

<4> 引用例3には、その着色被覆組成物が、ガラス、金属のごとく表面活性な素材上に強固に固着した透明性の良い着色被膜を形成できる着色組成物であることが開示されている。

この場合の着色被膜の透明性は、主としてその着色被膜組成物中に使用されている樹脂の性質に起因するものであることは容易に推測できる。

したがって、引用例3には、透明性の良い樹脂塗料が示されているということができる。

<5> 以上のとおり、引用例1にはその塗料が表面光沢性に優れていること、引用例2にはその塗料が耐候性及び光沢性に優れていること、引用例3にはその塗料の透明性が良いことが、それぞれ示されている。

そして、引用例1ないし3の塗料がいずれも本願塗料に含まれる一群の塗料に属するということは、これら引用例の塗料のいずれかが有する性質はその他の引用例の塗料も同様に有する性質であることを意味している。

そうすると、引用例1ないし3のいずれかの塗料が耐候性、光沢性及び透明性という性質を有すれば、この性質は、引用例1ないし3の塗料が共通に有するものといえるから、各引用例にメタリック仕上げ塗装用のクリヤー塗料としての性質を有することが記載されているということができる。

したがって、審決が、「メタリック仕上げ塗装用のクリヤー塗料(トップコート)としての性質を有するものであることが各引用例に記載されている。」と認定したことに誤りはない。

<6> 以上のように、

イ、基材表面にメタリック塗料を塗布し、ついでクリヤー塗料を塗布し硬化してなるメタリック仕上げ塗装物は、本出願前周知のものであること、

ロ、本願塗料は、引用例1ないし3に記載されている公知の塗料であること、

ハ、引用例1ないし3には、引用例1ないし3の塗料がクリヤー塗料としての性質を有することが記載されていること

からすると、

本願第1発明のメタリック仕上げ塗装物を構成するにあたり、そのクリヤー塗料として、従来のクリヤー塗料に代えてクリヤー塗料としての優れた性質を有することが記載されている引用例1ないし3の塗料を適用することは、何ら技術的な創意を要することではない。

したがって、審決が、「本願第1発明を構成することは、当業者が容易に想到し得たことと認められる。」とした判断に誤りはない。

(2)  顕著な作用効果の看過について

<1> 本願発明は、基材表面にメタリック塗料を塗布し、ついでクリヤー塗料を塗布し硬化してなるメタリック仕上げ塗装物に係る発明であって、そのクリヤー塗料に特徴を有するものである。

そうすると、本願発明にいうメタリック仕上げ塗装物の作用効果は、従来のメタリック塗料(本願のメタリック塗料と同じ)を塗布し、その上に従来のクリヤー塗料を塗布して得られる従来周知のメタリック仕上げ塗装物のそれと比較対照すべきである。

すなわち、メタリック仕上げ塗装物のクリヤー塗料が、上塗り塗膜の性質上、耐候性、光沢性の他に、下のメタリック塗料の金属粉末の光輝が見えるように透明性が高い等の性質を有していなければならないことは、普通に知られていることであるから、このクリヤー塗料の透明性及び光沢性の良否は、下のメタリック塗料の金属粉末の光輝については、同一条件のもとに評価することが肝要である。

本願明細書表2に示されている比較例3ないし8は、いずれもノンメタリックベースの上にクリヤー塗料を塗布して得られた塗装物であるから、本願発明の作用効果を的確に把握するために対比する比較例とはなり難いものである。

原告は、メタリックベースのトップコートには特有の問題点があるというのであるから、この対比例を作用効果の裏付けとすることはできない。

したがって、審決が、「比較例3ないし8は、本願発明の作用効果の顕著性を立証する資料たり得ない。」としたことは正当である。

<2> 原告は、実施例1ないし4と比較例1、2との対比によると、本願発明は顕著な作用効果を奏することがわかると主張する。

本願明細書の実施例1ないし4を比較例1、2と対比した場合、耐候性、耐黄変性及び肉持ち感等に優れた数値になっている。

しかしながら、塗装に関する代表的書物である「塗装の事典」(甲第10号証)の表2.9(350頁)のデータにおいて、比較例1、2に対応するアクリルポリウレタン塗料、変成アクリルラッカーについてのデータをみると、耐候性、鉛筆硬度等は本願発明の比較例より優れた数値を示しており、本願発明の比較例1、2のデータは極端に悪い数値であって、これらの比較例は適切でない。

また、本願塗料は、引用例1ないし3に記載の公知の塗料であり、かつ、メタリック仕上げ塗装物のクリヤー塗料として優れた性質を有することも引用例1ないし3に記載されていることからすると、これらの本願発明の作用効果は、従来周知のメタリック仕上げ塗装物において、そのクリヤー塗料として優れた性質を有することが知られている公知塗料をクリヤー塗装として適用するという本願発明の構成を採用することによって奏し得ることが予期できた範囲のものである。

したがって、審決が、「比較例1、2には、実施例1ないし4と比較して劣った結果が示されているが、これらの例からのみでは、本願発明が予測し難い顕著な作用効果を奏したものとは認めることができない。」としたことにも誤りはない。

<3> 前記「塗装の事典」(甲第10号証)には、「自動車用上塗り塗料は、すぐれた仕上り外観(鮮映性・平滑性・色彩効果)を有し、しかもその外観は工業生産ラインでの塗装作業で円滑かつ容易につくり出され、自動車が使用される長時間にわたってその外観状態がそこなわれずに維持されなければならない。」(343頁表2.6下5行ないし7行)とし、自動車用上塗り塗料として必要な性能として、塗装作業性の良いこと、仕上り外観が優れていること、耐候性(光沢保持性・保色性・耐白亜化性等)が優れていること、塗膜の硬度が高く、耐擦傷性、耐衝撃性、耐磨耗性等の物理的性能の良いこと、耐ガソリン性、耐水・耐湿性、耐薬品性等化学的性能が良いことが挙げられており(343頁表2.6下8行ないし344頁3行)、2コート1ベーク形のメタリック上塗り塗料の塗膜性能の評価について極めて多岐にわたる項目が示され、耐候性、塗膜硬度、光沢が重要な項目とされていることがわかる。しかしながら、肉持ち感及び色差については、特に明確な評価基準項目として採用されていない。

このような塗膜性能の評価基準が正当であることは、本願発明と同じく2コート1ベーク形のメタリック塗装物の塗膜性能を評価している甲第8号証の表3、乙第1号証の表3、乙第2号証の表2、乙第3号証9頁の表をみても明らかである。

<4> また、原告がメタリック塗装特有の問題とする肉持ち感は、メタリック塗料用被覆組成物の効果を評価する基準の1つとなることは、本出願前公知のものである(乙第4号証)。

本願明細書では、メタリック塗装物の効果を評価する1つの項目として「肉持ち感」をあげ、目視により表面光沢の優劣を3段階に評価し、実施例と比較例とを対比している。

しかしながら、肉持ち感の評価の差異は、その評価は目視によらざるを得ないとしても、評価基準自体が不明確であるし(甲第12号証参照)、しかもシルバーメタリック塗装物についてのもののみに限られていることであって、これをもって本願発明の作用効果とすることは不充分である。

そして、本願明細書中には、「肉持ち感」と「仕上り感」との異同について明確な説明はないが、その記載方法からすると、両者は同義語として使用しているものと解釈されるうえ、肉持ち感は表面光沢の優劣でのみ判定されているから、本願発明にいう仕上り感は、表面光沢の優劣で評価するものといえる。

他方、塗装の一般文献である前記「塗装の事典」(甲第10号証)によると、仕上り外観は、鮮映性・平滑性・色彩効果を総合したものとされている。

そうすると、一般に自動車上塗り塗料の塗膜性能として「仕上り外観」が必要な性能であるとしても、本願発明にいう仕上り感は、塗装の一般文献にいう仕上り外観とは異なり、表面光沢の優劣で評価するにすぎないものである点で、格別の評価基準といえないものである。

<5> 原告は、審決が肉持ち感を評価しなかったのは誤りであるとする。

以上のように、肉持ち感は塗装の一般文献によれば耐候性に比して重要な評価項目ではないこと、それ自体が既に公知の評価基準として採用されているものであること、本願明細書において評価基準自体も不明確であること、本願明細書の実施例と比較例とを対比しても格別の差異は見いだせないことからみて、審決は本願発明の作用効果を評価するにあたり、肉持ち感については耐候性等の他の評価項目と同程度には重視して評価していないのであって、本願発明の作用効果に関する審決のこの判断は正当である。

<6> 原告は、肉持ち感をPDG値、M値等の数値によって表現できるとし(甲第26号証「実験成績証明書」)、本願発明のものは優れた作用効果を有すると主張する。

しかしながら、これらの数値は、それぞれ肉持ち感の一部の性質を表わし得るにすぎないものであり、肉持ち感の総合的な評価と一致するかどうかは疑問であるうえ、これらのことは本願明細書に何ら示唆するところもない。

したがって、原告のこの肉持ち感の説明には、格別の意味はない。

<7> 本願明細書によれば、「色差は、トップコート塗布前後の金属粉末の色調の変化の尺度となる(値が大きいほど色調の変化が大きく好ましくない)。」と説明され、色差は測色色差計で測定していることが示されている。この色差の測定は、「塗装の事典」(甲第10号証)247頁4行ないし5行に示されている⊿E値から求めたものと推察できる。

ところで、この「塗装の事典」には、図8.1に色差の経年変化が示されており、これによると、塗膜の色差は、塗膜の色(例えば、ねずみ色、淡黄色)によって差異が比較的大きく現れるものと解される。

本願明細書表1における色差値は、シルバーメタリック塗装物についてのみ評価したものであるから、この結果が直ちにメタリックの種類を規定していない本願発明の作用効果と評価することはできない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願第1発明及び本願第2発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の取消事由について検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証の1(昭和56年6月19日付け特許願)、同号証の2(明細書)、同第3号証(平成2年4月20日付け手続補正書、以下「手続補正書(1)」という。)、同第4号証(平成3年2月8日付け手続補正書、以下「手続補正書(2)」という。)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、メタリック仕上げ塗装物に関するものであり、さらに詳しくは、基材表面にまずベースコートとして金属粉末及び必要に応じて着色顔料を配合した塗料を塗布し、次いで該塗布面に、主鎖が実質的にビニル型重合体鎖から成り、側鎖又は分子末端に加水分解性基と結合した珪素原子を有するシリル基を1分子中に少なくとも1個有するビニル型重合体を含有する塗料をトップコートとして塗布し硬化させてなるものである。(明細書3頁16行ないし4頁5行)

(2)  従来、自動車の表面のメタリック仕上げの塗装については、硝化綿ラッカー、変性アクリルラッカー、ストレート型アクリルラッカー、ポリウレタン樹脂塗料、焼付塗料等多種類の塗料が使用されてきた。しかしながら、メタリック仕上げの塗装のトップコートとしてこれら塗料を使用することは、塗装表面の耐候性の点で不満足なものであった。すなわち、実用の際に、塗装面が屋外で烈しい太陽光線等に長時間暴露されると、これら塗装の割れ、変・退色、ふくれ、はがれ等を起こしていた。(明細書4頁6行ないし16行)

(3)  本願発明は、従来技術のこのような欠点を改良することを目的とし、要旨記載の構成(明細書1頁5行ないし12行、2頁9行ないし17行)を採用した。

2  構成の容易推考性の判断の誤りについて

(1)  本願発明はいわゆる2コートユベーク形の塗装方法を構成要件とするメタリック仕上げ塗装物であること、本願発明はこの2コート1ベーク形のメタリック仕上げ塗装物のクリヤー塗料(トップコート)に特徴があるものであること、基材表面にメタリック粉末及び要すれば着色顔料を含有する塗料を塗装し、ついで該塗装面に、クリヤー塗料を塗布し、硬化してなるメタリック仕上げ塗装物は本出願前当業者間に周知であること、クリヤー塗料は耐候性等に優れた性質が必要であることは本出願前周知であること、クリヤー塗料としては、耐候性、光沢性の他に、下のメタリック塗膜のメタリック粉末の光輝が見えるように透明性が高い性質を有していなければならないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(2)  そこで、引用例1ないし3に記載されている塗料がどのような性質を有するものであるかについて検討する。

<1> 引用例1には、ハロゲン、アルコキシ、アシロキシ、アミノキシ等の基と結合した珪素原子をもつシリル基を分子中に少なくとも1つ以上有するビニル樹脂からなる塗料が記載されていること、該塗料が速やかに硬化し、表面光沢の優れた塗膜を与えること、及び、自動車等の被覆組成物として有用であることも記載されていること、これは主鎖が実質的にビニル系重合体から成り、末端あるいは側鎖に加水分解性基と結合した珪素原子を1分子中に少なくとも1個有するシリル基含有ビニル型重合体又は共重合体を主成分とする塗料の範疇に入るものであることは、当事者間に争いがない。

さらに、引用例1の内容を検討するに、成立に争いのない甲第5号証(昭和54年特許出願公開第123192号公報)によれば、引用例1記載の発明は、名称を「新規ビニル系樹脂」(1頁左下欄3行)とする発明に関するものであり、その特許請求の範囲7項には「式

<省略>

(式中、R1、R2は水素又は炭素数1~10のアルキル基、アリール基、アラルキル基より選ばれる1価の炭化水素基、Xはハロゲン、アルコキシ、アミノキシ、フェノキシ、チオアルコキシ、アミノ基より選ばれる基、aは0~2までの整数)

で示されるシリル基を1分子中に少なくとも1つ以上有する分子量300~1000までの新規ビニル系樹脂からなる塗料」(2頁左上欄16行ないし右上欄8行)と記載され、発明の詳細な説明には、「本発明は、末端あるいは側鎖にシリル基を包含する化合物であり、ビニル系樹脂の特徴だけでなく密着性が改善され、更に水分特に大気中の水分による常温硬化が可能という特徴をも兼ね備えている。従って、現在無公害化、省資源化が大きく注目されつつある無溶剤型塗料あるいは高固型分塗料用の樹脂として非常に好都合なものである。」(2頁左下欄9行ないし16行)、「本発明のシリル基含有ビニル系樹脂は、塗料として有用である。実際実施例で示すように常温で速やかに硬化し、表面光沢の非常に優れた塗膜を与える。エチルシリケートを該樹脂に添加することにより表面硬度を自由に調節できるのも本発明の特徴である。…本発明の新規ビニル系樹脂は種々の充填剤、顔料等を混入することが可能である。充填剤、顔料としては、各種シリカ類、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、酸化チタン、酸化鉄、ガラス繊維等種々のものが使用可能である。このようにして前記の用途だけでなく、航空機、建造物、自動車等の被覆組成物、密封組成物、および各種無機物の表面処理剤としても有用である。」(4頁右下欄1行ないし14行)と記載され、実施例6の表には「タックフリー時間」「放置時間」とともに「硬度」「表面光沢」が示されている(5頁左下欄)ことが認められる。

<2> 引用例2には、塩化ビニル系共重合体に加水分解性シランをグラフトしたポリマーを製造すること、及び、該ポリマーを含む塗料が光沢と耐候性に優れていることが記載されていることは、当事者間に争いがない。

さらに、引用例2についてみると、成立に争いのない甲第6号証(米国特許第4,146,585号明細書)によれば、引用例2記載の発明は、その特許請求の範囲に、1~3個の珪素原子に結合された加水分解基を有するイソシアネート官能性オルガノシランを、ビニールクロライド、ヒドロキシアルキルアクリレートとアルキルエステル等から選択した重合性モノマーとのヒドロキシ基性コーポリマー又はターポリマーと反応させて、シランをグラフトしたコーポリマー又はターポリマーを製造する方法(18欄40行ないし66行)が記載され、その例9に、この発明の重合接着促進剤を被覆中の無機酸化物の分散剤として使用すること、及びその耐候性と光沢性の向上が説明されている。(16欄54行ないし18欄36行)この記載からすると、引用例2におけるビニル系樹脂に加水分解性シランをグラフトした反応生成物は、本願発明の特定のシリル基含有ビニル系重合体に相当するものであるが、この樹脂は塗料中で顔料分散剤として用いられていることが認められる。

そうすると、該樹脂は本願発明におけるシリル基含有ビニル系重合体の役割、すなわち、塗料の主材である被膜形成剤としての役割を有するものと認めることはできない。

また、耐候性、光沢性が測定されているのは、引用例2記載の樹脂を少量顔料分散剤として用い、被覆形成剤としては別の樹脂を用いた塗料についてであるから、耐候性、光沢性の特性をシリル基含有ビニル系重合体を主材として含む塗料の特性であるとすることはできない。

<3> 引用例3には、エチレン性不飽和基、一価の炭化水素基及び加水分解可能な基と珪素が結合した有機シランの単独重合体又は他のビニル系単量体との共重合体を含有する被覆組成物が記載され、該被覆組成物が透明性の良い被膜を形成することも記載されていること、該被覆組成物は主鎖が実質的にビニル系重合体から成り、末端あるいは側鎖に加水分解性基と結合した珪素原子を1分子中に少なくとも1個有するシリル基含有ビニル型重合体又は共重合体を主成分とする塗料の範疇に入るものであることは、当事者間に争いがない。

より詳細に引用例3の内容をみると、成立に争いのない甲第7号証(昭和49年特許公開第33926号公報)によれば、引用例3は、名称を「着色被覆組成物」(1頁左下欄3行)とする発明に関するものであり、その特許請求の範囲には「分子中に2個以上の縮合反応可能な基を有する溶剤可溶性色素と、一般式

<省略>

(ここでRはC-Si結合によりけい素に結合したエチレン性不飽和基、R’は一価の炭化水素基、Xは加水分解可能な基または縮合性基、aは0~2の整数を示す)で表される有機シラン化合物の単独重合体、もしくは該有機シラン化合物と一種または二種以上の他のビニル系単量体との共重合体とを含有する着色被覆組成物」(1頁左下欄5行ないし末行)と記載され、発明の詳細な説明には「本発明はガラス、金属のごとく表面活性な素材上に強固に固着した透明性の良い着色被膜を形成できる着色被覆組成物」(1頁右下欄2行ないし4行)と記載されていることが認められる。

<4> 以上の引用例1、3の記載によれば、シリル基含有ビニル系樹脂からなる塗料が自動車用の被覆組成物として有用で、光沢性、透明性に優れているという特性を有することが示されていることを認めることができる。

耐候性については、明記されてはいないものの、引用例1に「航空機、建造物、自動車等」の屋外で使用されることが明らかな対象物への適用が示されていることからみて、屋外使用に耐え得る程度の耐候性を有するものであることも認めることができる。

したがって、審決の「自動車等の被覆組成物として有用であり、速やかに硬化し、表面光沢耐候性及び透明性に優れた塗膜を形成するという性質を有するものであることが各引用例に記載されている。」という認定に誤りはないというべきである。

なお、引用例1、3には、本願発明のシリル基含有ビニル系樹脂が、速やかに硬化し、表面光沢性及び透明性に優れた塗膜を形成するという性質を有するということを組み合せて記載してはいないが、これらの特性は、それぞれ特定のシリル基含有ビニル系樹脂からなる塗膜自体が有する属性であるから、個々の引用例にすべての特性が示されていなかったとしても、単に開示がなかったとみるべきで、これらの性質を兼ね備えるものではないということはできない。

ただし、引用例2には、前示認定からすると、審決認定のような性質をもった塗料が記載されているとは認められないので、これを引用した点で審決に誤りがあるが、引用例2を参酌しなくても上記認定に到達するから、この誤りは結論に影響するものではないというべきである。

(3)  次に、引用例1記載の塗料、引用例3記載の被覆組成物がメタリック仕上げ塗装用のクリヤー塗料に適するものであるか否か、また、そのことを想到することに困難性があるか否かを検討する。

<1> 前掲甲第5号証、第7号証によれば、引用例1記載の塗料、引用例3記載の被覆組成物について、2コート1ベーク形のメタリック塗装物のクリヤー塗料という特定の使用方法についての記載はないことが認められる。

原告は、メタリック塗装物のクリヤー塗料として使用するには、耐候性、光沢性、透明性の他に「肉持ち感」「仕上り感」が良いという性質を有していなければならないこと、2コート1ベーク形メタリック塗装では、特に色むら、光沢不良を起こし易い等の特有の問題があることを指摘する。

しかしながら、クリヤー塗料として仕上りの外観が重要であるとしても、耐候性、光沢性、透明性が必要であることも明らかであるから、一般の塗料の中で耐候性、光沢性、透明性に優れるものを、メタリック塗装のクリヤー塗料に使用してみることを、当業者において考えることが困難であるとは認められない。多くの塗料の中からメタリック塗装のクリヤー塗料への適用が試みられていたことは、前示1(2)認定の「従来、自動車の表面のメタリック仕上げの塗装については、硝化綿ラッカー、変性アクリルラッカー、ストレート型アクリルラッカー、ポリウレタン樹脂塗料、焼付塗料等多種類の塗料が使用されてきた。」との記載からも窺うことができる。

その他、本件全証拠からも、クリヤー塗料として一般的な塗料を適用してみることに困難性があるとする根拠は見当たらない。

<2> 以上のとおりであるから、周知のメタリック塗装物において、そのクリヤー塗料として必要な耐候性、光沢性の他に透明性を有する塗料である引用例1記載の塗料、同3記載の被覆組成物を適用し本願第1発明を構成することは、当業者にとって容易に想到し得たことというべきであり、審決には構成の容易推考性の判断の誤りは存しない。

3  顕著な作用効果の看過について

周知のメタリック塗装物において、そのクリヤー塗料として引用例1記載の塗料及び同3記載の被覆組成物を用いることにより本願第1発明を構成することが当業者にとって容易に想到し得たことは前記2のとおりであるが、本願第1発明の作用効果が当業者にとって周知のメタリック塗装物に引用例1及び3記載のものを適用してもそのような作用効果を奏することには想い到らないものであるときは、作用効果の予測困難性が認められるから、本願第1発明は進歩性があるというべきである。

(1)  そこで、まず本願発明の作用効果について検討する。

前掲甲第2号証の2、同第3号証及び同第4号証によれば、本願明細書には、前記1(1)及び(2)認定の技術的課題、構成に続き、本願発明の奏する作用効果として、「本発明による、加水分解性基と結合し珪素原子を有するシリル基を側鎖又は分子端末に少なくとも1個含有する主鎖がビニル型の重合体又は共重合体を含むトップコートを塗布し硬化させた塗装物の表面は、上記の耐候性が著しく改良されるだけでなく、“肉持ち感”(仕上り感)が極めて優れていることである。補修用塗料のみでなく一般にトップコートの塗料としては、トップコートの後でコンパウンドがけをして高光沢の仕上げ面をつくることが行われているが、本発明によるトップコートの塗装物では所謂“ノンポリッシュ”塗料としてコンパウンドがけをしなくとも美麗な高光沢の塗装面が得られ塗装工程での省力化、省資源化がはかられるものである。」(本願明細書4頁16行ないし5頁10行)と記載されていることが認められる。

前記1(1)及び(2)認定の技術的課題、構成に上記作用効果に関する記載事項を総合すると、本願明細書には、本願発明は、周知のメタリック塗装物において、従来のクリヤー塗料を用いた場合、塗装表面の耐候性の点で問題があり、長期間太陽光線等に暴露されると、塗膜のわれ変・褪色、ふくれ、はがれ等を起こした欠点を解消することを目的とし、その要旨とする構成を採用したことにより、耐候性を著しく改良するとともに、肉持ち感(仕上り感)がきわめて優れたメタリック仕上げ塗装物を得るという作用効果を奏するものである、と記載されているというべきである。

ところで、引用例1には、引用例1記載の塗料は耐候性を有することが記載されていること前記2(3)認定のとおりであるから、これを周知のメタリック塗装物に用いた場合、耐候性が優れたメタリック仕上げ塗装物を得ることは、当業者が容易に想到し得たことにすぎない。

一方、前掲甲第5号証及び甲第7号証を検討しても、引用例1及び3には、該塗料又は被覆組成物が肉持ち感ないし仕上り感において優れている旨の直接的記載はないから、以下この点について判断する。

(2)  前掲甲第2号証の2ないし4によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「肉持ち感(仕上り感)」という言葉の意味について、前記の「“肉持ち感”(仕上り感)が極めて優れている」という記載以外に一般的な説明はないが、実施例に関する記述中において、別紙表1の説明として、注記に「3)肉持ち感:目視により下記の基準により評価。○…表面光沢に優れ、金属粉末の色調がトップコート塗布前と変わらない。△…表面光沢に優れているが、金属粉末の色調がトップコート塗布前より暗い。×…金属粉末の色調が非常に暗く、表面光沢も劣る。」(手続補正書(1)2頁10行ないし17行)と記載され、また、「4)表面光沢度:60°鏡面反射率を測定5)色差:測色色差計を用い、塗面のL、a、b値を測定し、次式により色差を求めた。…色差は、トップコート塗布前後の金属粉末の色調の変化の尺度となる(値が大きいほど色調の変化が大きく好ましくない)。」(同2頁18行ないし3頁9行)と記載されていることが認められるから、本願発明において、「肉持ち感」とは、表面光沢度と色差を目視により評価したものと認められるが、目視という主観的な方法による判断に技術的意義を認めることができるか、色差が何故肉持ち感に含まれるのか等の問題があり、また、他に仕上り感についての説明は存しないので、本願明細書では、この肉持ち感と仕上り感を特に区別して表現していないことは明らかである。

そこで、本出願当時メタリック仕上げ塗装物の作用効果として、肉持ち感と仕上り感がどの程度技術的意義を有するものと評価されていたかについてみると、

<1> 成立に争いのない甲第8号証(昭和54年特許出願公開第73835号公報)には、肉持ち感という用語が用いられ、肉持ち感の良いことが2コート1ベーク形のトップコートの評価の一つとなっている。(8頁左欄)ただし、その概念、評価方法は不明である。

<2> 成立に争いのない甲第10号証(「塗装の事典」朝倉書店1985年12月1日発行、1980年4月30日初版発行)には、「仕上り外観(特に光沢)がよい」(342頁10行)、「すぐれた仕上り外観(鮮映性・平滑性・色彩効果)を有し」(343頁下から7行)という表現が使われ、これが上塗り塗料に必要であると記載されている。

<3> 成立に争いのない乙第3号証(昭和49年特許公開第18127号公報)には、2コート1ベーク形の塗膜性能について、「外観」が目視で判定評価されている。(9頁)

<4> 成立に争いのない乙第4号証(昭和48年特許公開第15932号公報)には、2コート1ベーク形の塗装において、その外観が「肉持感」(ただし、概念、評価方法は不明である。)、「鮮映性」(鮮明度光沢度計による)で評価されている。(6頁左上欄)

<5> その他、成立に争いのない甲第11号証(「塗装と塗料」1973年12月号、株式会社塗料出版社昭和48年11月25日発行)、同第14号証(「塗装技術」1979年3月号、株式会社理工出版社昭和54年3月1日発行)には、メタリック塗装において、むら、より等仕上り外観と関連する事項が問題となることが記載され、乙第1号証(昭和53年特許出願公開第126040号公報)、第2号証(昭和54年特許出願公開第1160347号公報)でも、塗面状態、肌等の外観が問題とされている。(甲第11号証につき40頁、第14号証につき115頁、乙第1号証につき9頁、第2号証につき4頁)

以上の認定事実によれば、本出願当時のメタリック仕上げ塗装物において、肉持ち感は外観評価の一つとして取り上げられており、それは目視によって判断されるものであることは明らかであるが、その概念は何か、目視の対象は何か等は技術文献によってまちまちであり、未だ確定的概念は定立されておらず、その判断手法も不明確である、といわざるを得ない。

そうであれば、肉持ち感は、メタリック仕上げ塗装物における作用効果というには不十分であり、しかも目視という主観的な判断手法に頼らざるを得ない点において、客観的な評価たり得ないというべきである。

したがって、本願明細書に、本願発明は「“肉持ち感”(仕上り感)が極めて優れている」という記載があり、実施例に関する記述中において、別紙表1のとおり、実施例1ないし4のものが肉持ち感○、比較例1のものが△、比較例2のものが×との記載があっても、本願発明は、肉持ち感において当業者が予測し得ない顕著な作用効果を奏するものであって進歩性があるとすることはできない。

(3)  なお、本願明細書には、本願発明において、「肉持ち感」とは、表面光沢度と色差を目視により評価したものと認められる記載のあることは前述のとおりであるから、念のため表面光沢度と色差について検討する(原告は、前掲甲第27号証に記載された鮮映性(PGD値、M値)等が肉持ち感と密接な関係を有する旨主張するが、前掲甲第2号証の2、同第3号証及び同第4号証を検討しても、本願明細書には、PGD値、M値を肉持ち感の評価に採用すべきことは示されていないから、上記主張は採用できない。)。

表面光沢度は60°鏡面反射率を測定したものであり、色差は測色色差計を用いて測定したものであるから、その評価は客観的で合理性を有するといえる。

しかしながら、まず、引用例1には、引用例1記載の塗料は光沢性を有することが記載されていること前記2(3)認定のとおりであるから、これを周知のメタリック塗装物に用いた場合表面光沢度が優れたメタリック仕上げ塗装物を得ることは、当業者が容易に想到し得たことにすぎない。

また、色差は、トップコート塗布後の金属粉末の色調の変化の尺度となるものとされているが、これが肉持ち感にどのように関連するかは明確でなく、本願発明の技術的課題(目的)に関する記載をみても、前記1(1)及び(2)認定のとおりであって、色差そのものは従来技術の欠点として取り上げられていないし、その改善が本願発明の目的ともされていない。前掲甲第2号証の2、同第3号証及び同第4号証によれば、特許願書添付の本願明細書には「色差」を本願発明の作用効果とする記載は全く存せず、実施例と比較例とを対比した表1を補正した手続補正書(1)によって始めて加えられたものであり、本願発明そのものの作用効果とは認め難い。

したがって、本願明細書に、色差について、実施例に関する記述中で別紙表1のとおり、実施例1ないし4のものが比較例1、2のものに比して数値的に優れていることを示す記載があっても、本願発明は、色差において当業者が予測し得ない顕著な作用効果を奏するものてあって進歩性があるとすることはできない。

そして、他に本願第1発明の作用効果が当業者にとって周知のメタリック塗装物に引用例1及び3記載のものを適用してもそのような作用効果を奏することには想い到らないものであることを認めるに足りる証拠は存しない。

(4)  以上のとおりであるから、「本願発明が予測し難い顕著な作用効果を奏したものとは認めることができない。」とした審決の判断は正当であって、審決に本願発明の作用効果の顕著性を看過した違法は存しない。

第3  よって、原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

(別紙)

表1

実施例1 実施例2 実施例3 実施例4 比較例1 比較例2

メタリックベース アクリルウレタン系 アクリルウレタン系 アクリルウレタン系 アクリルラッカー系 アクリルウレタン系 アクリルウレタン系

トップコート (実施例1) (実施例2) (実施例3) (実施例4) アクリルウレタン系(クリヤー) アクリルラッカー系(クリヤー)

鉛筆硬度 2H 2H 2H 2H 2H HB

肉持ち感 ○ ○ ○ ○ △ ×

表面光沢度(%) 94 95 94 96 94 80

色差 1.0 0.6 1.3 0.9 3.1 3.5

耐ガソリン性 ○ ○ ○ ○ ○ ×

耐シンナー性 ○ ○ ○ ○ ○ ×

耐黄変性 4.3 3.4 4.5 4.6 8.0

耐候性(光沢保持率%) 90 98 95 95 50 5

表2

比較例3 比較例4 比較例5 比較例6 比較例7 比較例8

ノンメタリックベース アクリルウレタン系 アクリルウレタン系 アクリルウレタン系 アクリルウレタン系 アクリルウレタン系 アクリルウレタン系

トップコート (実施例1) (実施例2) (実施例3) (実施例4) アクリルウレタン系(クリヤー) アクリルラッカー系(クリヤー)

鉛筆硬度 2H 2H 2H 2H 2H HB

肉持ち感 ○ ○ ○ ○ ○ △

表面光沢度(%) 94 94 94 95 94 80

色差 0.3 0.3 0.3 0.2 0.3 0.3

耐ガソリン性 ○ ○ ○ ○ ○ ×

耐シンナー性 ○ ○ ○ ○ ○ ×

耐黄変性 4.1 3.6 4.6 4.8 8.2

耐候性(光沢保持率%) 91 96 94 94 52 4

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例